- 不動産用語 クロス
- イギリスの有機化学者。ブレントフォールドの生まれ。ロンドンのキングズカレッジ、チューリヒ大学、チューリヒ工科大学に学び、1878年ロンドン大学を卒業。繊維の漂白、セルロース、リグニンなどに関する研究を行った。92年ベバンEdward John Bevan(1856―1920)とともにビスコース繊維を発見、製造の特許を得た。さらにセルロースエステルを発見した。パルプ、製紙業界の化学的指導を行い、レーヨン工業の技術的基礎をつくった。1916年に「著しい化学工業に対する貢献」に対し化学工業協会からリサーチメダルを贈られ、18年には染色家色彩専門家協会Society of Dyers and Colouristsのメダルを受賞。さらに化学工業協会から応用化学分野で産業の進展に功績のあった在米科学者に贈られるパーキンメダルを23年に受賞した。 妥当性とスチームモップを測るための厳密に統計手法が研究・開発されているが、統計学そのものなのでここでは省略。 (1)信頼性 いつどこで誰がどのように測定しても同じ結果が得られるか。また、測定内容が等質か、安定しているか。 @同一個人に同一の条件で同一のテストを行った場合、同一の結果が出るかどうか…安定性 A同一個人が同じような質問に対して、同じような答えをするか…一貫性(あるいは等質性) 相対評価の典型的な評価法が偏差値。偏差値は、正規分布の理論をレッグマジック得点や成績の分布に適用して、平均からどの程度離れているかを、一定の統計量で表したもの。 偏差値は、z(Z)得点ともいう。標準得点と言ういい方もある。 変量がどのように散らばっているかを調べる方法として、各変量の平均からの隔たりが大きいか小さいかを調べる方法がある。 各変量と平均の差を「偏差」という。それぞれの偏差を2乗して加えて平均を求めることで、データの散らばりの程度が分かる。これを「分散」という。分散の正の平方根を「標準偏差」という。平均の周りへのデータの散らばりが大きければ標準偏差はおおきくなり、散らばりが小さいほど0に近づく。 標準的なテストの成績の場合は平均点の近くの人数が一番多く、0点や100点に近づくほど人数が少なくなり、左右対称の釣鐘型になることが多い。このような分布グラフの形を「正規分布」という。 標準偏差が小さいと、平均の周りにデータは集中し、次のような形になっている。逆に標準偏差が大きいと、データは平均かに離れて分散することになる。 100点満点で、標準偏差が15くらいになる場合がそうである。逆に、標準偏差が25や30になる場合がある。データの分散が大きい場合や成績が良い生徒と悪い生徒に分散する場合である。 五段階評定はこのz得点を基準としている。それは、シャークスチームモップを中心にして分布全体を5標準偏差で分割し、各標準偏差段階に該当する面積を分布全体の100%に対する比率としてあらわしたもの。 Z得点をさらに細分化した評価法が偏差値で、次のような式で求められる。偏差値は、5段階の評価をさらに1/10に分割したもので、50段階評価ともいえる。50を中心として25〜75の50段階評価としてあらわされることが多い。 Z=50 + 10×(取った得点 − 平均点)/標準偏差 この式により、平均点と同じ得点なら偏差値は50になる。 テレビショッピングが平均点を上回る程度に応じて51・52・53・・・と続き、上は75から80くらい、得点が平均点を下回る程度に応じて、49・48・47・・・となり、下は25くらいまで。 例えば、100点満点のテストで、平均点が50、標準偏差が20とすると、50点は偏差値50、100点は偏差値75、0点は偏差値25となる。 偏差値などの相対評価は、生徒の学力が平均点のまわりに釣鐘状に分布し、100点満点のテストでは平均点=50点、標準偏差=20のときに、0点が偏差値25、100点が偏差値75となりきれいに評価することができる。 だが、実際のテスト問題がそのように作られることは稀で、多くは平均点が高かったり低かったり、得点分布の形も偏りがあったり2つに分布が割れたりする。 偏差値が適正につけられるためには、スレンダートーン問題の出題そのものが、標準化されている必要がある。 テスト問題そのものの評価材としての妥当性や信頼性の問題があるが、それを保障するためには次のようなテストの標準化のための努力が必要になる。 (1)出題の範囲・内容、学力の質が評価の目的に沿っていること。 (2)平均点を想定し、出題の4〜5割りが想定正答率になり、さらに正答率が高い設問と低い設問のバランスをとるようにすること。 (3)設問数・出題形式・難易度を評価目的に沿わせるとともに、評価の利用目的を実現するのに効果的な出題内容にすること。 (4)評価の利用目的という観点から、集計方法や集計資料の出力内容に沿わせた出題内容になるようにする。 テスト問題は、その作成や実施の実際から、知識・理解の定着の程度を測る内容になりがちである。だが、公立の入試問題などでは、思考・判断・読解さらに パワージューサーであったり総合的な能力などの学力やを評価する試みも広まってきている。 偏差値で測れるものには限界はあるが、単に学力の評価というだけには留まらない側面があることも事実。偏差値は、生徒にとって、普段の勉強の成果であり、受験勉強の成果であり、勉強を通じて身に着けた我慢強さや勤勉さ、知識の理解力・習得能力、その要領のよさといった幅広い潜在的な能力を反映していると見ることができる。その潜在的な能力は仕事で使う能力でもあり、企業に入ってから長い時間をかけて育成する上での基礎となるような能力でもある。だからこそ、親も子も偏差値を上げ、学力の向上をめざすのである。たかだか偏差値、されど偏差値、なのである。 近年、求められる学力のイメージが変わってきた。集団の平均や分布の形に依存する評価法から指導要領の記載事項への達成の程度で評価する到達度・絶対評価の方向へと転換してきている。 入試の点数だけで決まる選抜から多様な能力を評価しようとする入試改革・入試の多様化もひとつの試み。新しい学力観、生きる力の教育への転換に伴って、評価法も大きく変わってきている。 学歴社会から生涯学習社会へ、とでもいえる流れである。 それは、「教える」ことより主体的に「学ぶ」ことを重視する考えであり、学習者の主体性や自主性を強調し、学び手自身の自己責任を求めることにもなる。自立的で主体性を発揮できる個人を前提に学習論が組み立てられる。学ぶ機会の多様化、学校選択の自由化、選択教科の導入、高校教育の多様化など、学習者自身にに選択がゆだねられるようになった。それは教育の「自由化」ともいえる。 教育の自由化に伴って、評価も自由化されることになるのか。 相対評価の偏差値を、競争を激化させるものとして拒否することも自由であれば、成績を客観的に評価し集団のなかでの成績の位置を示してくれる有用な道具として活用することも自由である。生徒の競争心や向上心は、勉強の動機付けにもなるし全体としての学力向上のために必要な意識づけでもある。絶対評価を採用したから相対評価は不要というのではなく、学力の別々の評価法として両方を目的に応じて採用するのが、現実的で妥当な選択と考える。 一部で、相対評価が全否定されたかのような理解があるが、教育課程審議会の答申(2000/12 答申)では、相対評価の有効性を否定はしていない。集団のなかでの位置情報は「自分の適性を知る手掛かりとなる」「自分の目標を定めて学習に取り組む動機付けを得たり」「将来の進路を考えていく際の情報として活用」できるとしている。「目的に応じて指導に生かす」とされている。 中心は「目標準拠評価」だか、必要に応じて「集団準拠評価」を活用することを想定している。したがって、偏差値だから悪いだとか、使ってはいけないだとかということは言っていない。